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青森家庭裁判所五所川原支部 昭和38年(家)125号 審判 1964年3月27日

申立人 森田典子(仮名)

相手方 藤尾一郎(仮名)

事件本人 藤尾美子(仮名)

主文

本件申立を却下する。

理由

一、申立人は、事件本人の親権者が相手方とあるを、申立人に変更する旨の審判を求め、その理由として、

(1)  事件本人は、申立人と相手方間の長女として昭和三七年六月二九日出生したが、申立人と相手方は、昭和三七年七月一二日事件本人の親権者を相手方と定めて協議離婚した。

(2)  当時事件本人は、生後間もない乳児であつたから申立人において引き取り養育する考えでいたが、相手方は、これに応じないため、止むを得ず相手方に事件本人を引き渡した。

(3)  しかるに、申立人は、昭和三八年五月頃相手方が事件本人を他家に事実上養子にやつていることを知つたので、事件本人を他人の手で養育するよりは、実母である申立人において養育する方が幸福と思い本申立に及んだというにある。

二、よつて調査するに、申立人と相手方の戸籍謄抄本と申立人の住民票抄本各一通に、申立人と相手方および参考人森田マツ、森田安男、田中進、田中タケの各審問と事件本人の養育状況視察の結果を総合すると前記(1)(2)(3)の事実ならびに、

(1)  申立人は、相手方と離婚後は、肩書住所地の実姉の家に居住し北海道定山渓鉄道観光株式会社○○駅構内の売店に店員として勤務し、一ヵ月一万二、〇〇〇円の収入を得ておること、資産としては、嫁入道具、衣類等で約一五万ないし二〇万円位有している外貯金二万円があり、右収入で生活費が足りないときは、申立人の実家より援助を受けていること。

(2)  相手方は、昭和三八年四月二日再婚した妻良子に、申立人との間に出生した長男伸と相手方の実母の四人家族で、相手方自身の資産はないが、母所有の家屋一棟、宅地七〇坪位に居住し、○○バス鯵ケ沢営業所に勤務一ヶ月二万三、〇〇〇円の収入を得ておること。右収入で不足の生活費は、母の貸間による収入によつて補なつていること。

(3)  申立人は、相手方と離婚の際、事件本人を自から養育する考えでいたが、相手方は、これに応ぜず、家裁にまで申し立て、事件本人引渡の請求を受けたため、止むを得ず事件本人を相手方に引き渡したこと、その後事件本人は五所川原市の乳児院に入れられて養育されていることも知つたが、どうにか育てられていたので別段異存もなかつたが、昭和三八年五月に入つてから事件本人は他家に事実上養子にやられていることを知つて本件の申立をなしたこと。

(4)  事件本人の親権者を申立人に変更し、事件本人を申立人が引き取れば、申立人は、日中勤めているので、その間は姉に見てもらい、養育費の不足分は、申立人の実家から援助を受け、今後一人身で事件本人の犠牲になつても育てて行く考えていること。

(5)  相手方は、申立人と離婚当時、事件本人は、生後間もない乳児であり、当然実母である申立人が親権者となつて養育監護するのが相当と思つたが、申立人との離婚原因と申立人の素行を合せ考えた結果、申立人に事件本人を養育させることは、事件本人の将来にとつて適当でないと解し、自から養育することも困難なことを承知の上で無理に事件本人を引き取り、五所川原市役所に依頼し、事件本人を三歳に至るまでの約束で乳児院に入れ、事件本人が三歳になれば自から養育する考えでいたところ、相手方の母が事件本人を青森市に居住している子のない田中進夫婦の養子に世話してくれたので、事件本人も乳児院において育てられるよりは、子のない夫婦の下で暖く育てられた方が幸福になるものと思い、昭和三八年四月四日頃事件本人を田中夫婦に事実上の養子にやつたこと。

(6)  事件本人は、現在田中夫婦の下で幸福に育てられているので、申立人の本件申立は、相当でないと主張していること。

(7)事件本人は、その父母である申立人と相手方の離婚当時は、申立人に養育されていたが、二ヵ月位後の昭和三七年九月下旬、相手方に引き取られ、直ちに五所川原市の乳児院に入れられていたところ、昭和三八年四月四日頃から前記田中夫婦に事実上の養子となつて幸福に育てられ現在に至つており、田中夫婦は一年近くも事件本人を育ててきた関係上、今更手放しがたき状態にあること。

(8)  申立人の実母森田マツ及びその実兄森田安男も申立人が女手一人で事件本人を養育することの困難さを案じ、現在事実上養親となつている田中夫婦が事件本人を手放し難くなつていることを考え、むしろ養子にやる方が本人のためと考えていること。

が認められる。

案ずるに申立人の母として子を思う心情は推察するに難くないが、申立人の現在の前記境遇からみると、女手一人で事件本人を養育することは至難のことと察せられ、現在田中夫婦がわが子のように可愛がつて養育していることを申立人の兄森田安男も裁判所と共に同人夫婦方を訪れた際十分確認し、同人ならびに申立人の母森田マツらは、事件本人が現在のまま田中夫婦に養育されて行くことを望み、申立人が事件本人を引き取ることには賛成していない状態にもあるので、申立人の本件申立を許容することは、必ずしも事件本人の利益になるとは限らないと思料される。よつて本件の申立に対しては、事件本人の親権者を、申立人に変更しなければならない相当の理由が見当らないので、主文のとおり審判する。

(家事審判官 水野正男)

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